人工知能AIに恋しちゃう話『her 世界でひとつの彼女』、観てきました~!!
わりと100%好きな映画でした。
『(500)日のサマー』が好きな人は好きだと思うきっと。
あらすじは、長く付き合ってきた妻と別れた男セオドアが
直感や感情をもつ進化型OS(オペレーティングシステム)に
恋するというお話。
OSのサマンサを声だけで演じたのはスカーレット・ヨハンソン。
声だけでローマ国際映画祭の最優秀女優賞を獲っています。
彼女のセクシーな声は前々から気になっていたけど
かすれ方、ささやき方、ティヒヒヒっていう笑い方、やっぱいい。
映像はInstagramの黄色系フィルターをかけたような
おしゃれな写真でした。とても私好み。
そして一番わたしが感じたことは、
「頭の中はイメージであふれているのに言葉はほんの少ししか伝えられないこと」
言葉というものが、
人間にとって、あるいは人生にとってごくわずかなピースでしかなくて
でも人間にとってとても重要なピースであること。
セオドアがサマンサに語っているとき、
セオドアの頭の中ではたくさんのイメージがフラッシュバックする。
音もなく、断片的に、でも自分の目でみた
あるいは自分がその時に感じていた記憶のイメージたち。
たとえばセオドアがデートした女性について語る時
「彼女はセクシーだったし、僕は寂しかったし、セックスしたかった」って
サマンサに語るんだけど、
その時にセオドアが思い浮かべるのは、
その女性が爪を噛む仕草や目線の動き。
セクシーという言葉はそれを形容するために使うだけで、
彼が知覚するのは「セクシー」という言葉ではなくて、
その動きのひとつひとつ。
「彼女はセクシーだった」で伝えられるものって
セオドアが見て感じたものに似せられるわけがない。
この映画でいちばん印象的だったのは、
そういった頭の中で思い起こされる
音(言葉)のないイメージたちでした。
それは、言葉では伝えきれない、自分だけが体験して感じたもの。
セオドアが中盤に綴る手紙(彼は手紙の代筆業をしている)に
「あなたの世界の見方が好き。
あなたの見る世界を見たい」というフレーズが出てきます。
すごく美しくて感動的な手紙なんだけど、
あの時、わたしはとても寂しく思いました。
だって私たちは言葉を越えて共有したい、
私が感じていることをそっくりそのままイメージしてもらいたいという欲望を
少なからず持っているけれど、それは確実に無理だから。
言葉はほんの少ししか伝えられないから。
セオドアが途中で気づくように
OSとの関係は人間との関係と一緒なのです。
「自分がイライラしている原因を説明せずに
ただ彼女の不安を否定するだけだった」
言葉のうしろにはたくさんのイメージ(人生)があるけど
人と人の間には「言葉」できりとったものしか交換できないから。
頭の中にあふれるイメージに対して言葉に限界があるということを
私はつよく感じたのですが、
同時に、セオドアが手紙の代筆をしているというストーリーで
言葉がいかに人を感動させる(touch)かをも描いてくれます。
(ちょっとサマーに似てるよね、
トムはグリーディングカードのコピーライターだった)
あーもうすごくいろいろ思うところがある。
私は感動的な言葉を紡ぐ才能には恵まれなかったし、
視覚的なイメージにこだわりをもってる方だし、
そっくりそのまま伝えるって事が出来ない。
言葉って本当にむずかしい(わたしの口癖は「言語化失敗」)
「頭の中はイメージであふれている」についてだけど
セオドアがサマンサとセックスもどきをする時、
彼はなにもイメージしなかった(画面はまっくろ)
サマンサと出会う前にそういう系のチャットをするときは
その日にネット見た妊婦ヌードを思い浮かべているのに。
セオドアはその時「君の首筋にキスをして~」とか
視覚的なこといっているのに想像しないってそんなこと可能なのかな。
画面がまっくろですごく印象的だったけれど、
(あれは、きっと他の映画なら顔の見えない
きれいにフィルターや光を編集したイメージを見せそうなシーンだった)
でもなんか逆にすごく気になってしまった。
そんなこと可能なのかな?
目が見えない人、つまり視覚的なイメージを持たない人とかは
どういうふうなんだろう。
視覚的な映像的なイメージに強く影響されて生きている自分を
すごく感じるのでした。
AIに恋しちゃったとかアンドロイドに恋したとか
自分の妄想が現実になったとかその手の映画は数多あるけど
いちばんいい作品だと思います。
あーもう一回見たい。
好きな映画に入りました。
『her 世界でひとつの彼女』公式サイト
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